コーヒーカップ

  その角を曲がれば

 

 

  彼女の文房具屋の店がある

 

  

  もうずっと前から

 

  親の代から文房具屋さんだ

 

  わたしと一緒に

 

  15歳で民青に入り

 

  18歳で党に入った

 

  子育ての春夏が過ぎ

 

  幾つもの星霜を越え

 

  病いの季節を生き

 

  彼女はそうして

 

  いつしかわたしと疎遠になった

 

  傍らにもう夫さんはいない

 

  文房具屋の店は開けているが

 

  商売なんかになっていない

 

  とっくに白いものも混じった

 

  彼女から久しぶりの連絡

 

  笑顔で向きあい

 

  かつてそうであったように

 

  すぐに冗談をいった

 

  もうすぐ孫ができると

 

  ことのほか晴れやかな

 

  彼女はそうして

 

  コーヒーカップを両手でつかみ

 

  ねえ といった

 

  ねえ わたし戻ってもいい?

 

  そういって彼女はうつむいた

 

  ええっ?

 

  と わたしは息をのんだ

 

  党に 戻ってもいい?

 

  梅雨のはしりの雨がふる

 

  文房具屋の片隅で

 

  わたしはわけも分からず

 

  声を出して嗚咽(おえつ)し

 

  彼女にしがみついた